PPAの日本開催の歴史|福岡から東京へ、そしてこれから

世界最高峰のプロツアーが日本で開かれるようになったのは、ごく最近のことです。
初開催は2025年、場所は福岡県糸島市でした。その翌年には東京・立川で、テレビ局が主催に入るという日本のピックルボール史上初の座組みで大会が実施されています。
この記事では2つの大会を会場・賞金・主催体制まで踏み込んで比較し、次の大会に向けて今からできる準備までを整理します。
そもそも「PPAアジアツアー」とは

日本開催の話に入る前に、その受け皿となっている枠組みを押さえておきます。
日本の大会は単発の招致イベントではなく、アジアを巡回するツアーの一戦として組まれています。ここを理解すると、開催が続く理由も見えてきます。
PPAは本体であるアメリカのツアーとは別に、アジアを巡回する「PPA ASIA」というシリーズを持っています。運営は United Pickleball Association Asia Pte.(シンガポール法人)が担っています。
つまり日本の大会は、一度きりの招致イベントではなく、年間スケジュールの一戦として組まれているということです。
2026年のアジアツアーは年間10大会ほどの規模で展開され、日本以外の国でも大会が開かれています。
この構造があるため、日本で獲得したランキングポイントは、そのまま世界ランキングに反映されます。 国内大会でありながら国際大会である、という位置づけです。
2025年|福岡から始まった
すべての起点となったのが、2025年の福岡大会です。参加者数を見ると、当時の競技人口を考えれば相当な規模だったことが分かります。
アジアツアー初年度の開催地に選ばれたのは、福岡県糸島市でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開催地 | 福岡県糸島市 |
| 大会名 | Sansan FUKUOKA OPEN |
| 参加者 | 1,232名 |
| 賞金総額 | 7万ドル規模 |
注目すべきは参加者数です。 1,232名という規模は、当時の日本の競技人口を考えれば相当なものでした。
「日本でも国際大会が成立する」——この実績が、翌年の東京開催につながっていきます。
2026年|東京初上陸

翌年、舞台は東京へ移ります。会場の規模、賞金、そして主催体制。福岡から何がどう変わったのかを、大会概要とあわせて整理します。
2026年7月1日から4日にかけて、東京・立川で「PPA ASIA 500 Sansan TOKYO OPEN 2026 Produced by TBS」が開催されました。
アジアツアー2年目にして、舞台は首都圏へ移りました。
大会概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日程 | 2026年7月1日(水)〜4日(土) |
| 会場 | アリーナ立川立飛/ドーム立川立飛 |
| コート | 11面(空調完備) |
| サーフェス | ピックルボール専用マット「PickleRoll」 |
| 賞金総額 | 5万USドル |
| ランキングポイント | 500ポイント |
| 出場枠 | 約1,000枠 |
| 主催 | 株式会社TBSホールディングス |
| 特別協賛 | Sansan株式会社 |
| 事業共創パートナー | 三井不動産株式会社 |
| 公認 | United Pickleball Association Asia Pte. |
福岡から何が変わったか
1. 主催がテレビ局になった
これが最大の変化です。2026年の東京大会は、TBSホールディングスが主催として大会を動かしました。
テレビ局が主催者として入るということは、単なる協賛ではなく、事業としてピックルボールに参入したということです。
2. 企業の座組みが厚くなった
Sansanがタイトルスポンサー、三井不動産が事業共創パートナー。日本を代表する企業がこの規模で並んだのは、日本のピックルボール史上初めてです。
3. 会場の作りが変わった
11面のコートを空調完備で設置し、映像と音響を使ったショーアップ演出やライブ配信が実施されました。国内大会としては異例の作り込みでした。
福岡と東京を数字で比べる
規模が「大きくなった」と語られがちですが、数字で見ると単純な拡大ではありません。
| 2025年 福岡 | 2026年 東京 | |
|---|---|---|
| 参加者・出場枠 | 1,232名 | 約1,000枠 |
| 賞金総額 | 7万ドル規模 | 5万USドル |
| 主催 | — | TBSホールディングス |
| 会場 | 屋外中心 | 屋内11面・空調完備 |
| 演出・配信 | — | ショーアップ演出/ライブ配信 |
参加者数と賞金では福岡が上回っています。 変わったのは規模ではなく、主催体制と会場の質でした。
「たくさんの人が集まる大会」から「見せるための大会」へ、性格が変わったと言えます。
大会後の広がり
大会は単発で終わりませんでした。Sansanは大会直後の7月10日に「Sansanピックルボールコート池袋」をオープンさせています。
大会が起点となって、施設・競技人口・ビジネスがつながっていく流れができ始めています。
東京大会での日本人選手

日本開催の大会で、日本人選手はどう戦ったのか。ホームで世界ランキングポイントがかかった試合に臨むという、これまでなかった状況が生まれました。
船水雄太選手が男子ダブルスで優勝
2026年7月1日から4日にかけて開催された「PPA ASIA 500 Sansan TOKYO OPEN 2026」の男子ダブルスで、本記事を監修している船水雄太選手が優勝しました。ハワイ出身のタマ・シマブクロ選手とのペアでの制覇です。
男子ダブルスで日本人初のPPA ASIA制覇でした。
決勝の相手は、元世界ランキング1位のコリン・ジョーンズ選手を擁するペアでした。第1ゲームを落とす苦しい立ち上がりから、第2ゲーム以降を連取しての逆転勝利です。
船水選手は、この東京大会の2か月前にも優勝しています。2026年5月、米カリフォルニア州で開催された「PPA 500 San Clemente」の男子ダブルスで、同じくシマブクロ選手とのペアで頂点に立ちました。こちらは日本人選手として史上初のPPAツアー優勝です。
また、同大会では、藤原里華選手が女子シングルスで優勝しました。さらに佐脇京選手とのペアで女子ダブルスでも準優勝と、2種目で表彰台に立っています。
注目すべきは、この優勝が世界ランキングのポイントを伴っていたことです。
国内で行われた試合の結果が、そのまま国際的な序列に反映される。これは日本開催が実現するまで、海外遠征なしには起こり得なかったことでした。
なお、日本人選手によるPPAツアー初優勝は、同じ2026年に海外大会で生まれています。その経緯はピラー記事にまとめました。
日本開催の大会が持つ意味

日本で大会が開かれることには、単なる観戦機会以上の意味があります。目標設定が変わること、そして今の時期にしか味わえない特徴があること。この2点を整理します。
「日本にいながら世界ランキングを狙える」
これまで、PPAのランキングポイントを取りに行くには海外遠征が前提でした。それが、国内で500ポイントを争える大会が生まれたわけです。
競技志向のプレイヤーにとって、これは目標設定そのものを変える出来事です。「いつか海外へ」ではなく「来年の日本大会で」という現実的な目標が立てられるようになりました。
観戦者と出場者の距離が近い
東京大会の4日間、同じ会場の別コートでは、世界ランキングのかかった試合と週末プレイヤーの試合が同時に進んでいました。
この構造は、競技の成長段階が生んでいる一時的なものです。プロツアーが成熟し、興行として完成するほど、運営はアマチュアの併設を切り離していきます。テニスやゴルフでいま同じことが起きていないのは、そこを通り過ぎたからです。
カテゴリーの区分やエントリーの条件は、専用の記事にまとめてあります。
これからの日本開催

翌年の開催はどうなるのか。現時点で言えることと、発表のタイミングの目安をお伝えします。確定情報が出る時期を知っておくと、準備の計画が立てやすくなります。
2年続けて開催され、主催にテレビ局が入り、大会後には常設コートまで生まれました。単発のイベントではなく、継続を前提とした動きになっていると見ていいと思います。
ただし、翌年の開催そのものは主催者の発表を待つ必要があります。東京大会のスケジュールを並べると、準備に使える期間が見えてきます。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2026年3月 | 大会概要の発表 |
| 4月8日 | エントリー受付開始 |
| 6月1日 | エントリー締切 |
| 7月1〜4日 | 大会開催 |
概要の発表から締切まで、およそ3か月。 この期間にDUPRのレートを一から作るのは間に合いません。
開催が決まった大会は大会情報データベースで随時更新しています。
発表を待つあいだにやっておくこと

準備の中身そのものは出場方法の記事にまとめてあります。ここでは「発表を待ってからでは間に合わないもの」だけを取り上げます。日本開催はスケジュールが読めるぶん、逆算ができます。
間に合わないものは、ひとつだけです。DUPRのレートです。
出場カテゴリーが「3.5未満/3.5以上」で分かれる以上、レートがなければ申し込み先を決められません。
そしてレートは10試合ほど登録して初めて安定します。 概要発表から締切までの3か月で一から作るのは、現実的ではありません。
逆に言えば、パートナー探しもパドルの確認も、発表が出てからでも動けます。今やるべきことはDUPRの登録だけだと考えてください。
よくある質問
日本開催について実際によく寄せられる疑問をまとめました。次の大会の発表時期、エントリーの締切、会場設備など、準備の計画を立てるうえで押さえておきたい点を中心にしています。
まとめ
2025年から2026年にかけて何が起きたのかを、最後に整理します。そして、次の大会に向けて今やるべきことをお伝えします。
- 2025年の福岡でアジアツアーの日本開催が始まり、2026年に東京へ
- 東京大会ではTBSホールディングスが主催。企業の本格参入が始まった
- 日本にいながら世界ランキングを狙える環境ができた
- プロと同じ会場でアマチュアの試合が進む構造は、競技の成長段階が生んだ一時的なもの
次の大会の発表を待つあいだに、DUPRの登録だけは済ませておいてください。 他の準備は発表後でも間に合います。



船水雄太(ふねみず ゆうた)
主な実績:日本人初のメジャーリーグピックルボールプレイヤー(MLP選手)。米国プロツアー大会(PPA Tour)のメンズダブルスで日本人初の優勝。
荻原雅斗(おぎわら まさと)
主な実績:ソフトテニスを12年間続け、学生時代に3度の日本一を獲得。現在はカンボジアチーム代表ヘッドコーチとして活動中。